BOOK006 『かけら』 青山七恵
川端康成賞を受賞した、表題作を含む3編の短編集が収められた1冊。
どの作品を読んでも心がざわりとさせられ、秀逸です。
父親と娘の感情のやりとりを描いた表題作は、同じ年頃の娘だった時代を思い出しながら、自分自身と父との関係に複雑な、苦い気持ちにさせられます。
でもその苦さはイヤなものではなく、春の山菜を味わったときのように自分が父の愛情を受けていた確かな記憶のなかに浮かびくるもの。
読後感は爽やかでした。
私がとくに気に入ったのは、2つ目の作品『欅の部屋』。
恋愛が終わった男女の形は、人それぞれです。
まったく連絡を取らなくなる人もいれば、友達のような関係を続ける人もいます。
そして、この作品に登場する二人のような関係も……。
私は基本的に別れた人とはその後一切、連絡を取り合うことはしません。
自分で言うのもなんですが、どちらかというと情が深いタイプの人間なので、恋愛という型がなくなったとしてもあれこれ気にかけたり、なにかしたをしてあげたくなったりする性分。
情に振り回されていることも、そんな自分もとても面倒臭いものです。
だから、すっぱり気持ちを切り捨てることにしています。
ただし例外、は二人だけ。
たとえ別れてしまっても、共通の知人がいるとか仕事の関でとか、相手の動向が耳に入ってきてしまうことも多々あります。
そんなときは忘れようと思っていても、強制的に昔の想い人のことを思い出さざるをえなくなるから、複雑です。
ただ、思い出さざるを得ない状況になったとき、心にどんな想いがよぎるかで、その恋をしている最中や別れ際にうけた傷がどれだけ回復しているかのバロメーターになるのではないでしょうか。
まだ生傷の残っているような状態ですと、ジクジクした感情が湧きあがってくるのでしょうし、次の恋の予感が芽生えるタイミングなら「あの人にも、幸せになってほしいな」なんて願えることもあるでしょう。
なんて、30数年の人生で終わっていった恋に想いを馳せながら読了しました。
そして、登場人物たちが人との“微妙な距離感”を前に右往左往する姿はとても印象的。
嫌われてしまったのではないか……。
怒らせてしまったのではないか……。
ひとりであれこれと妄想を膨らませてみても、相手はそんなつもりは毛頭なくて、取り越し苦労に終わることも多いのが人間関係。
人との距離感の取り方に正解もありません。
それは十分分かっていても、右往左往せずにはいられない。
それこそが人間らしさだし、人間らしいからこそとても愛らしいく感じられます。
人間関係に疲れている人は、この本のページを繰ってみてください。
右往左往は止められなくても、右往左往してしまっている自分のことを、ちょっと愛おしく思えるはずです。